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マルセイユ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

マルセイユ
マルセイユの紋章
マルセイユの紋章
マルセイユ旧港
マルセイユ旧港。
フランスの旗 フランス
地域圏Région プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏
(地域圏首府)
département ブーシュ=デュ=ローヌ県
(県庁所在地)
arrondissement マルセイユ
(郡庁所在地)
小郡canton 25小郡の小郡庁所在地
INSEEコード 13055
郵便番号 13001 から 13016
市長任期 ジャン=クロード・ゴダン
2008年 - 2014年
自治体間連合(fr) マルセイユ都市共同体
座標 北緯43度17分51秒 東経5度22分38秒 / 北緯43.297500度 東経5.377222度 / 43.297500; 5.377222
標高 平均:179 m
最低:0 m
最高:640 m
面積 240.62km² (24 062ha)
人口 826 700人
2005年
人口密度 3436人/km²
Carte de localisation de マルセイユ
Transparent3x3.gif
  
旧港よりノートルダム・ド・ラ・ガルド寺院を望む
カランク

マルセイユMarseille)は、フランス最大の港湾都市で、プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏(PACA)の首府、ブーシュ=デュ=ローヌ県県庁所在地である。

目次

[編集] 概要

2005年の人口は約82万人でパリに次ぎフランス第2位、都市圏人口ではパリとリヨンに次ぎ第3位の規模を誇る。マルセイユの都市名は、古代の名マッサリアMassilia、マッシリアとも)が転じた物である。漢字による表記は「馬耳塞」。

マルセイユ都市共同体の中心地でもある。また、近郊には古都エクス=アン=プロヴァンスがあり、これとその近郊の小都市を併せた人口は約135万人に及ぶ。

周辺のプロヴァンス地域と共に、2013年欧州文化首都になることが決定している。

[編集] 歴史

マルセイユの歴史は古く、小アジアから来た古代ギリシアの一民族であるポカイア人が紀元前600年頃に築いた植民市マッサリア(のち、ラテン語でマッシリアとよばれる)にその端を発する。このためフランスにおいてマルセイユはcité phocéenne(ポカイア人の街)とも綽名されている。

都市は交易で栄え、紀元前3~前2世紀のポエニ戦争ではローマ側につき、カルタゴと敵対した。ガイウス・ユリウス・カエサルの『ガリア戦記』にもマッサリアへの言及が見られる。紀元前49年からのカエサルとグナエウス・ポンペイウスの間で起った内戦では、ポンペイウスを支持したが敗北し、自治都市として有していた権限を大きく縮小された(マッシリア包囲戦)。当時のマッサリアは、いまだローマ属州ガリア・トランサルピナにおけるギリシア系住民の拠点であったが、徐々にローマ化していった。

3世紀ごろ、キリスト教がもたらされた。10世紀にプロヴァンス伯の支配するところとなり、1481年にはフランス王国に併合された。中世にはあまり振るわなかったが、港での交易は18世紀に盛んになった。1720年には大規模なペストの流行(en:Great Plague of Marseille)で10万人程度の死者が発生したが、18世紀後半には復興した。フランス革命ナポレオン戦争で一時後退したが、産業の要地となって現在の商工業を中心とする市街が発展し、19世紀半ば以降、港湾施設が充実し多くの工業が興る。しかし、第二次世界大戦ではドイツ軍に占領され、大きな損害を受けた。大戦後は大建設計画により高層ビルの多い現代都市にかわった。

[編集] 経済

南フランスにおける貿易・商業・工業の一大中心地である。近接するトゥーロン軍港に対して、貿易港を有する。これはフランスおよび地中海で最大、ヨーロッパでは第3位の玄関港として、110航路、120カ国の360以上の港と連絡している。工業は鉄鋼・化学・プラスチック・金属・造船・石油精製・建設資材・石鹸・食品加工が発達している。

[編集] 交通

マルセイユ・プロヴァンス空港は近郊のマリニャーヌ(Marignane)にあり、貨物取扱でフランス第2位、旅客取扱でフランス第3位を誇り、国際線90便、パリ便46便が運行されている。IATA空港コードはMRS。

[編集] 観光

商業都市であるため、南フランスの都市としては珍しく、観光面の魅力にはやや乏しい。

[編集] 文化

[編集] 出身人物

[編集] 姉妹都市

[編集] 関連項目

[編集] マルセイユが舞台の作品

[編集] 外部リンク

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その他


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